昔々、織田信長が、

伴天連宣教師のルイス・フロイスを茶席に招いた際に、

干してあった干し柿をとって振舞ったそうです。

茶席と言えば、作法に則った形式美を追求する場なのですが、

織田信長がそんな作法に縛られる姿は想像出来ない訳です。

たぶん、現在ほど作法にとらわれず

自由奔放にお茶を楽しんでいたのではないでしょうか?

 

茶葉でお茶を入れるより、道具がなくても、

誰でも簡単に飲めるお茶が抹茶だった、とも推測できます。

良く考えると、抹茶もインスタントコーヒーみたいなものですよね。

お湯を注いで、混ぜるだけで出来上がり。

 

お茶請も、現在のような上生菓子なんかは、

江戸時代に入ってからだと思うので、安土桃山時代の頃は、

保存が出来て手軽に食べられるお菓子が使われたのではないでしょうか。

千利休が茶席で使ったと言われる、利休煎餅なんかは、

コメ粉をふかしたものを平たく伸ばして焼いた、

麩焼きせんべいに味噌をつけたものだそうです。結構、素朴ですよね。

 

だから、金平糖なんていう南蛮菓子が、

「こんな面白いお菓子があるよ」って自慢話も兼ねて、

茶席に出てきたのではないだろうかと思うと、なんだか楽しい。

金平糖をほおばりながら、お茶を飲むって、

なんだか豪快で、自由さ溢れる楽しさが、茶席にはあったように感じる訳です。

ちなみに、11月の上生菓子は柿の意匠です


現在、茶席では通常、上生菓子が振舞われますが、

干し柿が振舞われることってないのではなかろうか。

干し柿を食べる度に、信長と茶の湯の関係を、こんな風に考えてしまいます。

 

 

 

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〈季節の上生菓子〉 店頭販売のみ
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霜月の上生菓子